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目次 
§鏝(こて)絵拝見 2026.1.29 
§埼玉県立歴史と民族の博物館 2025.12.14 
§初秋の鎌倉古寺巡り 2025.10.5 
§明石市立天文科学館 2022.8.18 
§野毛山動物園 2025.8.11
§楽寿園 2025.7.20 
§越谷宿場町散歩 2025.7.10 
§染井霊園で墓マイラー 2025.6.29
§八景島シーパラダイス 2025.6.15
§新宿御苑散策 2025.5.11 
§トーベヤンソンあけぼのこどもの森公園 2025.5.4
§荻窪三庭園を巡る 2025.4.6
§雨の動物園2025.4.3
§神楽坂周辺散歩と大人の理科見学 2025.2.20 
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鏝絵拝見 -2026.1.29-
 
 
 
 
 
四ツ谷須賀神社の鏝(こて)絵に魅了された私。高円寺の宗泰院の鏝絵を訪ねました  伊豆の長八の高弟吉田亀五郎の「阿吽の龍」です。↑は向かって左の「吽龍」 。直径80cmほど 本堂の入口の欄間に並んでいます。向かって右が「阿龍」。目は金色に彩色されています  近くの長善寺の土蔵にも美しい鏝絵があるというので訪ねました 開基400年の平成2年に土蔵に描かれた鏝絵は鳳凰と蓮花。元は木製の懸魚も漆喰で再現 
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埼玉県立歴史と民族の博物館 -2025.12.14-
(埼玉県大宮市)
 
 
 
 
 
 
 
 
大宮公園の中にあります。東武野田線大宮公園駅徒歩10分。建物は前川國男設計。目的は岩佐又兵衛の三十六歌仙の原画 斎宮女御と清原元輔の2点が展示されていました(↑はチラシ写真の中務)美しい彩色が残っています 常設展の美術展示室には当館所蔵の美術品が交代で展示されます。↑は太田道灌の弟 叔悦禅師 右は伝徳川吉宗公、左は伝家重公の木像。ただ一人家重公の言葉を解したという大岡忠光の菩提寺龍門寺に伝わります  広いスペースに板碑(殆どがレプリカ)が多数展示されています。日本一大きい野上の青石塔婆は秩父の本物(右写真)を見に行ったことがあります 都幾川の慈光寺の開山塔は国の重要文化財で、建屋に収められています。↑はそのレプリカ  板碑は梵字と寄贈者の名前が書いてあるのが普通ですが、綺麗な絵が描かれたものもあります 
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初秋の鎌倉古寺巡り -2025.10.5-
(東慶寺~亀ヶ谷切通~海蔵寺・英勝寺・寿福寺)
 
 
 
 
 
JR北鎌倉駅集合、まず東慶寺へ。東慶寺は1285年創建以来600年間、縁切りの寺法を引き継いでいました  鎌倉街道を南下し亀ヶ谷切り通しへ。整備され歩きやすい道  亀ヶ谷辻にたつ岩船地蔵堂は頼朝の娘、悲恋の少女大姫を供養する地蔵堂と伝えられています  萩の寺海蔵寺。鎌倉幕府滅亡時焼失したが足利氏満の命で上杉氏が再建。十六井戸と殺生石伝説が残ります  英勝寺は家康の側室のひとり英勝院が祖先太田道灌の屋敷跡に建てた寺。門扉には三つ葉葵の紋があります  寿福寺は北条政子開基。1200年臨済宗の開祖栄西を招いて開山。総門から続く桂敷きの美しい石畳が有名です  裏山の墓所には北条政子(左)と源実朝(右)の五輪塔があります。陸奥宗光や高浜虚子の墓もここにあります 
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明石市立天文科学館 -2022.8.18-
(兵庫県明石市)
 
 
 
 
 
 
明石市立天文科学館は地上16階の高塔と4階の展示棟から成る「時と宇宙の博物館」 東経135度日本標準時子午線の真上に建っています。高塔の最上階は天体観測室です 14階の展望室からは明石の街と明石海峡大橋と美しい瀬戸の海が一望できます  展望室にも日本標準時子午線を示す柱があります  子午線表示塔には「あきつしま」を示すトンボがとまっています  2階のプラネタリウムは稼働中のものとしては最古です
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野毛山動物園-2025.8.11-
(横浜市西区) 
 昭和26年に遊園地と動物園併設の施設として誕生、その後入園無料の動物園のみとなりました 夏休みの時期、夜間の入園ができる「ナイトズー」となります  爬虫類館は充実しています。何種類かのワニ、リクガメにウミガメの展示など  フンボルトペンギンの展示場はなんだか賑やか  「ふれあいコーナー」ではモルモットをなでたり、ハツカネズミを手に乗せたりできます  ものづくりコーナーではペンギン提灯を作れます(材料費¥800) 
 
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     楽寿園-2025.7.20-
(静岡県三島市) 
 明治23年小松宮家別邸として楽寿館が建てられ、広大な庭が造営されたのが楽寿園です その後李王朝や造船王の手に渡り、昭和27年からは市立公園です。楽寿館は平日に見学可 一帯は1万年前の富士の噴火でできた溶岩帯。小浜池は湧水の池で年により水位が異なります 涼しい日影を作る「いこいの松」。園内には動物広場もある市民の憩いの公園です  溶岩とそこに根を下ろしてたくましく生きる樹木。随所に溶岩があり小洞穴もみられます
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 越谷宿場町散歩-2025.7.10-
(埼玉県越谷市)
日光街道千住から三つ目の宿場です。駅前の「ガーヤちゃんの蔵屋敷」にはお土産やカフェがあります 江戸時代の建物はあまり残っていないのですが、旧日光街道につながる道には蔵や黒板塀が多く建てられています  河内屋旅館は創業300年の老舗旅館で、街道に面した建物はビジネスホテル風ですが東門の奥は和風庭園です  黒漆喰の土蔵造り。会田金物店は明治38年の建物ですが、賑いの宿場町の面影を残す現役商店です  都築家糀屋のもと味噌蔵は国登録の有形文化財です。大正期の土蔵風鉄筋コンクリート、銅板瓦棒葺き 明治38年築の旧大野邸秤屋も登録有形文化財。美しい格子の外観をそのままに現在はカフェになっています 
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 染井霊園で墓マイラー-2025.6.29-
(北区駒込)
[幕末から明治に掛けて活躍した人物や昭和の有名人の墓を尋ねました]
松浦武四郎  岡倉天心   下岡蓮杖 高村光雲  太田黒元雄  伊藤道郎 
探検家で地誌学者の松浦武四郎は「北海道」の名付け親。「蝦夷日誌」「アイヌ人物誌」等著書多数。戒名にも「北海」が入っています  英語にも漢学にも堪能だった岡倉天心は東大でフェノロサと出会って日本美術研究者となり、日本美術学校(後の芸大)を設立しました。  幕末の絵師、写真師。横浜で米国写真家から写真術を学んだが薬品調合等は殆ど独学。横浜や東京で写真館を開いた。宗派はキリスト教  明治の廃仏毀釈で仏師の職を失った彼は木彫で才能を発揮、展覧会で受賞し美術学校で教えるなど彫刻界の重鎮となりました 荻窪三庭園 のひとつ太田黒公園の太田黒元雄氏は音楽評論という分野を確立した人です 声楽家を目指して渡欧し,
バレエと出会い、戦後東京にバレエ団を設立しました 
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八景島シーパラダイス -2025.6.15-
(横浜市金沢区)
金沢区八景島にあります。シーサイドラインまたは湾岸道路で行きます ↑は南の海の熱帯魚ですが東京湾や相模湾で見られる魚もたくさん  セイウチのショー。ごろんごろんと体を回転させながら登場する愛嬌もの シロイルカのショーではスタッフと息を合わせた泳ぎが見事でした  アオウミガメは眠そうな目(孫の意見)だけど雄大に泳ぎ回っていました 
 カピバラの餌やり。キャベツや葉物野菜を時々マーラが横取りしに来ます コツメカワウソが穴から手を出し、こちらの掌に乗せたエサを取ります  亀にも触ったりキャベツや人参のエサやり体験ができます  池の鯉やフラミンゴにもエサを投げると食べてくれます  カフェにはコツメカワウソのパフェやシロイルカのソフトクリームが 
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 新宿御苑散策-2025.5.11-
玉川上水・内藤新宿散歩道―大木戸門―玉藻池―プラタナス並木―正門―擬木橋―バラ園―ユリノキ―温室遺構―御休所
江戸初期に開設された玉川上水は四谷大木戸から暗渠となり江戸市中に水が供給されました。入園前に散歩しました。  大木戸門から入園。左の建物は旧門衛所。昭和2年皇室の庭園だった頃の建築。戦火を免れ残っています。  ここは元高遠藩内藤家の下(中とも)屋敷。大名庭園だった頃の面影を残す玉藻池で本日のガイドI女史から説明 彼女はなんと樹木医でもあり、歴史と植物両方に詳しいのです。↑は日本で最初に植えられたプラタナスの並木 左はポンポンみたいな、柔らかいモミジバスズカケの実、右はよく見かけるトゲトゲの固いモミジバフウの実。  下ノ池・中ノ池間の橋の欄干は一見木製に見えますが、コンクリート製の「擬木橋」。昔はこれが新技術でした 
今の時期はなんといってもバラ園。3年に1度の世界バラ会議で「殿堂入り」を果たしたバラ18種も展示されています  ↑は1983年殿堂入りしたアイスバーグ。ドイツでは「シュネービッチェン=白雪姫」の別名を持ちます  150年前からのユリノキ。チューリップに似ていますが当時はチューリップよりユリの方が馴染みがあったのでこの名に 天皇や皇族が御苑内の温室を鑑賞する際の御休所。庶民には無縁の蘭や苺、バナナ等果物が温室で栽培されました  平成22年、大温室建造に伴う発掘調査で初期の温室の遺構が出土しました。温室の一部やボイラー室、貯炭室などもみつかりました 現在の大温室。今回は入りませんでしたが、珍しい蘭は勿論、高山植物も展示されているそうです
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トーベ・ヤンソンあけぼの子どもの森公園-2025.5.4-
(埼玉県飯能市・同じ飯能市にある「ムーミンバレーパーク」とは違います。無料) 
飯能市阿須にあります。ムーミンの世界観を体験できる公園として平成9年にできました  ↑のきのこの家に入って遊ぶことができます。中は子供のサイズで造られています  何階建てだかがよくわかりません。あちこちに子供だけが通れる出入り口があるのです  別の大きな建物には広い部屋に室内遊具 
 飯能市の職員がトーベ・ヤンソンに手紙を送ったことがきっかけでできたそうです 園内の大きな樹に、丸太で作った物見台が。親はハラハラですが子供は喜んで登ります 
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荻窪三庭園を巡る -2025.4.6-
JR荻窪駅ー明治天皇御小休所―西郊ロッヂング―かつら文庫―太田黒公園―角川庭園―荻外荘
江戸時代には将軍お鷹狩の、そして明治天皇は近衛師団演習や小金井の観桜会の際の小休所だった中田家の長屋門  西郊ロッヂングは昭和初期に建てられた高級下宿。洋間にベッド、内線電話もある宿泊施設でした。国の有形登録文化財  「くまのプーさん」の翻訳や「ノンちゃん雲にのる」等の著書で知られる石井桃子氏の自宅「かつら文庫」は子供の図書館です 音楽評論家太田黒元雄氏は「自邸を公園にしたい」と遺言。杉並区に寄贈され、周囲の敷地と合わせてS56太田黒公園となりました。正門からの銀杏並木や庭の池も残され、家屋の中も公開されています。国の登録有形文化財
角川書店の創設者角川源義の邸宅。幻戯山房(すぎなみ詩歌館)として、一般に開放され詩歌会も開かれます 荻外荘はS2に大正天皇の侍医入澤達吉の別邸として建てられ、S12内閣総理大臣近衛文麿に譲渡されました 日本が戦争へと向かい、敗戦となる激動の時期の1次~3次近衛内閣。重要な会談がここで行われていました  ↑昭和20年12月16日GHQからA級戦犯として逮捕出頭期限の日に近衛氏が服毒自殺を遂げた書斎です  荻窪ルミネでランチ。今日はたまたま世話人のお一人T氏のお誕生日でしたぁ 
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雨の動物園 -2025.4.3-
(東松山市・埼玉県こども自然動物公園)
「雨の動物園」という歌があります。そのPVに埼玉県こども動物公園の映像が映ります このカンガルーの観察小屋に、オオカンガルー達が雨宿りしている映像なのです。見たい!  わざわざ雨の日を選んで入園。年パス持ってるからね。残念ながら四阿屋根の下で雨宿りでした  もう一つの目的はクオッカの赤ちゃんの名前投票。私は「デイジー」に一票  コアラの赤ちゃんも名前がまだ無くて投票中。お尻がふわふわなので「ホイップ」に一票  コツメカワウソの4匹の赤ちゃんも投票しました。去年生まれた子供と合わせて7匹が駆け回る  2月24日うまれのヒツジの赤ちゃん、♂と♀、すごく活発で超カワイイ! 
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 神楽坂周辺散歩と大人の理科見学-2025.2.20-
(新宿区横寺町~袋町・東京理科大学・順天堂大学)
東西線神楽坂駅~島村抱月・松井須磨子終焉の地~泉鏡花の墓~尾崎紅葉旧居跡~天文屋敷跡・光照寺~相馬屋~寺内公園~善国寺~泉鏡花・北原白秋旧居跡~東京理科大学数学体験館見学~順天堂大学医学教育歴史館見学
 まず東京芸術倶楽部跡へ。スペイン風邪で亡くなった抱月の後を追って松井須磨子も同じ場所で自死しました 泉鏡花の墓のある圓福寺は日蓮宗。ここで文久元年行われた駿府実相寺の出開帳の様子  元は雑司ヶ谷にあった鏡花の墓が墓じまいとなった時篤志家の男性が彼の名誉を守りたいと墓を建てました  尾崎紅葉旧居跡。当時の家は戦災で焼失したものの、この家には紅葉の遺筆の俳句が残されています   袋町の高台の天文台跡と大イチョウ。江戸の名所参照 向かい側の光照寺。大田南畝の住居もこの近くでした。江戸の名所参照 
 光照寺から地蔵坂を下り、神楽坂通りへ。戦災の時光照寺のご本尊をお墓でお守りしたという相馬屋文具店↑ ここは夏目漱石はじめ最近では倉本聰なども原稿用紙を買っていた老舗です。漱石自筆のメモなどが展示されています  神楽坂通りに面した毘沙門天善国寺。狛犬ならぬ「狛虎」は毘沙門天が寅年寅の日寅の刻に生まれたから  善国寺の横から細い路地を抜けて理科大の裏手を回ると北原白秋・泉鏡花の旧居跡があります  理科大の数学体験館はとても楽しめました 
医学教育歴史館の学芸員さんのガイドに聴き入りました 
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